いつも 音楽といっしょ!
2014年 発表会
今年も無事、楽しく発表会を終える事が出来ました。いらしてくださった皆様、暑い中ほんとうに有り難うございました!
自分の子供たちのことは当然の事ながら側で見ていて、発表会までの道のりと言うのが分かるので、内輪話にはなりますが皆さんの参考にもなればと思って書きますね。
今回、小学3年生の末っ子は初めて12分近くある6曲でひとつの組曲になっている、彼にしては、なかなかハードルの高い曲にチャレンジしました。それも、先生である私の母が弾いて聴かせてくれて「大変だと思うけど、どう?」と提案した所、面白い曲なのでやってみる!という彼の意見も尊重して。とは言っても、小3らしく遊び盛りだし、練習し始めて大変さを感じたに違いないと思います。発表会で弾く!と決めてから、本番までの期間の前半は子供らしく練習もそこそこって感じいて・・・子供は記憶力も良いので、何度も練習しているうちに、いつのまにか覚えてしまったっていうことが多いと思います。でも本番で弾くという場合、その、いつの間にかっていう記憶をもっと深いものにするために時間をかければ、本当に素晴らしい音楽になるに違いないのですが・・・本番の時にいちばん良い状態で持って行くっていうことは、子供にとっても大人にとっても課題なんですよね〜。弾かなさすぎても、弾き過ぎちゃっても上手くいかない。
そして末っ子は、曲の数も多いため、たぶん初めて、いつの間にかじゃあ暗譜できない!という体験に遭遇したと思うんです。本番までの後半戦、彼なりに暗譜するための努力をしたと思います。もちろん、本番でミスもたくさんしたけれど、それよりも音楽の流れを止めずに最後まで行けた事、そして何より私がいつも願っている、途中でどんなに失敗しても投げやりにならずに聴き続けて弾くということをできたということに彼の成長を感じました。長男も同じです。
そして何より、高校3年生の長女は、試行錯誤をしながらも自分に何が足りないのか、もっとどうするべきなのかを明確に捉えるようになっていて、それを克服するために何をすべきかも分かっていて、今回の演奏では、それが良い形で出た、なかなかのシューマンのソナタなのでした。思い描いている事と実際に表現する音楽とを一致させるって言うのは、やっぱり大変なことだし努力も必要。でも、その努力をすることのできるようになった長女に頼もしさを感じました。そして、そんな長女とできた連弾も楽しかった!
私たち親子は普段、ものすごくサバサバしていて、もしかするとお年頃の長女からしたら、言葉少ない私に不満も持ってるかもしれないのですが、今回、一緒に音楽を楽しんで、言葉を越えた絆みたいなものをお互い感じれたみたいで、私としては、ああ間違っていなかった!っていうか、このままの関係でいいんだなって再確認することのできた、とっても貴重な体験でした。
音楽を通して共に成長していけるって本当に嬉しい。そして、それは周りの支えあってこそ、です。長女も今回、演奏する時に自然と感謝という気持ちが湧いてきて、それを表現せずにいられなかったって言ってたけれど、まさにその通り。音楽は感謝です。それと、愛と祈りです。(・・・って私たちのCDのタイトルなんですが。笑)
It’s rhythm!
今、発表会に向けて長女と連弾する「くるみ割り人形」を練習中。今までに私がファースト、母がセカンドで何度かコンサートで演奏もしました。連弾となると、どうしても音域の関係もあり、ファーストがメロディ担当、セカンドは伴奏担当という構図になります。特に「くるみ割り人形」はオーケストラ曲をピアノ用に編曲しているので、低音部はリズムセクションという要素も多いです。
今までファーストの部分を長くやっていて、気持ち的には私の伴奏を母にしてもらっているという部分もあったのだなと、今回セカンドを担当して初めて感じました。つまり、実際はそうではない!ってことに気づいたからです。
見た目が素敵でも・・・スポンジがしっかりしていなければケーキは美味しくない、土台がしっかり出来ていない家は必ず支障が出る、おシャレすることに頑張っても、そもそもの元の身体が健康でなくては、本当に美しいってわけにはいかない・・・そんな様なことです。リズムとベースがしっかりしているかいないかは、その音楽の要になるんだなあ・・・。頭では分かっていたけれど、痛感しちゃった今日この頃です。
私の敬愛するピアニストの小曽根真さんも「音楽はリズムだ!」とおっしゃっていましたっけ!
人間にしかできないこと
携帯電話、スマートフォン、パソコン・・・などなど。私が幼い頃には考えられなかった機器が、あるのが当たり前になっている今日この頃。確かに、ものすごく便利!そして、同時に便利だと思い込んで利用する事で、かえって面倒くさいことになってしまうことも多々ありますよね。そして、そして、もっと言うと、そんなに便利なものにもできない、人間にしか出来ないことも沢山あります。
例えば、慮る ・・・ おもんぱかる。
語源を調べてみたら「おもんぱかる = 思い計る」ってとこから来ているようです。
確かに今のネット社会では、その人のデータを元に、その人が欲していそうなことを予測して、次から次へと情報提供してくれますよね。そんなのはいらない!っていうものまで(笑)。
でもね、繊細な気持ちを分かり合えるのは、やっぱり人間同士。分かっているのに敢えて言わないとか、しないとか、見て見ぬ振りをする愛情とか。
正しいか、正しくないかという基準だけでは、計れない物事がたくさんあるけれど、それを立場、環境、考えに基づいて、その人なりの考えを持つ・・・曖昧、または優柔不断って取られてしまうけれど、そういうことで何とか乗り切るしかないことだって、きっと、沢山ある。
そんなことを年を重ねるごとに感じます。そのうち、そんな想いにもコンピューターが追いついてくるような凄い世界が来るのかなあ?
でも、でも、楽器の演奏に関しては、人の心の琴線に触れるような演奏は人にしかできないって思います。万人が良かったねって言うよりも、たった一人の人が涙を流すような演奏を目指したいと思っている私は、少なくとも、そう思っちゃいます!
美しい日本語
英語ではとても表現できない美しい日本語・・・というのが、気になってちょっと調べてみました。
例えば・・・すがすがしい、いさぎよい、ざわめく、ときめく、きらめく、後ろめたい、愛しい。
これらは心の表現になるかと思います。
それから・・・木漏れ日、あけぼの、秋の夜長、おぼろ月、くれなずむ、炎天下、せみしぐれ。
自然や、四季の表現をしているもの。
きっと他にも、たくさんたくさん、あることでしょう。
日本語って美しいなあと思います。ひとつの感情を表現する時に、たくさんの言葉があります。ハッキリしたもの、あいまいなもの。その曖昧さが長所でもあり短所でもあると思います。
でも芸術という表現手段においては、その黒でもない白でもないグレーが美しいということも多々あると思うのです。
日本人なのに西洋音楽を勉強して理解できるのか?というような声を聞く事があります。確かに本場には本場の空気感とか、理解しきれない何かがあることも否定できません。でも私は、日本人ならではの繊細さ、謙虚さ、美徳センスで理解し表現する西洋音楽というものも確かにあると思うのです。
日本人だからこそ表現できる・・・そんな西洋音楽も大切にしたいと思います。
大切なGreen
私は木が大好きです。幼い頃から木のある場所で遊んでいたということもあるかも・・・。墓地が主な遊び場だったのですが、墓地には木がたくさんありますから(笑)。
成長するにつれて木の幹の模様、葉の形を見ているうちに、完璧な芸術作品だなあと痛感するようになりました。そんな大好きなグリーンを家の中にも取り入れるべく、観葉植物も好きです。もちろん、失敗して枯らしてしまったことも何度もあります。今、私のそばにいるグリーンは葉の形状が大好きなモンステラと、それからつる状のものが好きなので、名前は忘れちゃったけど、枕元に置いているもの。リビングにはヒメモンステラ、ガジュマル、他にもいくつか・・・。ヒメモンステラは2ヶ月くらい前に駅構内の花屋さんで見つけました。なんていうか、ものすごい惹かれちゃった。心の中で“私のウチに来てくれる?”って話しかけちゃったくらい。数日後、遊びにきた友人がそれを見て“このグリーン、ここに来て喜んでるよ”って言ってくれたのだけど、なぜだか本当にそんな気がするのです。話こそしないけれど、生き物なわけだから・・・、そう思って名前を付けてみました。名前をつけると不思議なもので、おはよう〜とか、ただいま〜とか話しかけたくなるんですよね。そしたら、なんだか1年前から既にいたグリーンたちに新しい葉っぱが生えてくるようになりました。本当に共に生きているんだなって実感!
アコースティックな楽器たちは木で作られてるものが多いですよね。ピアノ、ヴァイオリン、ギター・・・お寺にある木魚なんかもそうです。原料である木の種類、それに手を入れた職人さんによって、それぞれ個性が違います。生き物なんだなあって感じます。音楽はそういう、命ある楽器との共同作業で生まれるものなのですよね。















